ブログ更新をストップします。
慶應義塾大学通信教育課程で学んだ日常を綴った本ブログですが、更新を2011年12月31日でストップしたいとおもいます。
本ブログは慶應通信に特化して書きました。2011年3月に卒業した後もちょくちょく更新するかなぁとおもっていましたが、自分の活動がTwitterやFacebook、Google+1などSNSに流れたため本ブログの更新頻度は極端に低下しました。
しかし、Twitterでの投稿はどうしても短文になりがちで、まとまった量の文章を構成するには不向きでした。
今年は特異な年で、自分の仕事環境がかなり変わりました。仕事に追われ、じっくりとブログを書くという作業がしにくかったです。
2012年(平成24年)からは、日常の気になったことをTwitterでつぶやくと同時に、少し深く掘り下げて論及したい点については新たなブログサイトで活動しようとおもいます。
http://yuusui01.tumblr.com/
なにぶん、シンプルを旨としたサイトですから、あまりかざりつけはしない予定で…(^^;)
これからもよろしくお願いします。
(このサイトは消しません)
本ブログは慶應通信に特化して書きました。2011年3月に卒業した後もちょくちょく更新するかなぁとおもっていましたが、自分の活動がTwitterやFacebook、Google+1などSNSに流れたため本ブログの更新頻度は極端に低下しました。
しかし、Twitterでの投稿はどうしても短文になりがちで、まとまった量の文章を構成するには不向きでした。
今年は特異な年で、自分の仕事環境がかなり変わりました。仕事に追われ、じっくりとブログを書くという作業がしにくかったです。
2012年(平成24年)からは、日常の気になったことをTwitterでつぶやくと同時に、少し深く掘り下げて論及したい点については新たなブログサイトで活動しようとおもいます。
http://yuusui01.tumblr.com/
なにぶん、シンプルを旨としたサイトですから、あまりかざりつけはしない予定で…(^^;)
これからもよろしくお願いします。
(このサイトは消しません)
iPhoneとREGZAPhoneの使用実感(前置き)
2011年2月からiPhoneとREGZAPhone の両方を使い始めた。
その時点でiPhoneの使用歴は約1年半、Android端末は初めてであった。
iPhoneを持ち始めた時から、iPhoneとドコモのガラケー(P906i)との二刀流だったから、2台持つのに抵抗感はなかった。
スマートフォンとガラケー、それぞれの良さを体感していたようにおもう。
Android端末が日本で普及し始めた時をいつにするかはいろんな考え方がありそうだが、2010年後半からだと僕はおもっている。
その頃にドコモはスマートフォンの販売に力を入れ始めたし、製品のラインナップも充実し始めたからだ。
Googleが作ったOSを積んだスマートフォン、これだけで個人的にはすごく関心がある。
Googleは本来OSなどを作る会社ではない。
検索エンジンの開発を主な事業としてきた会社だ。
検索エンジンはいわばサービスで、収益は掲載される広告費によって得ているAppleやMicrosoftとは根本が違うのだ。
Googleは「ユーザーにいかにGoogleを利用してもらうか(いかに広告をみてもらうか)」に関心を払ってきた会社だという想いがある。
そんなGoogleがOSの開発を行い、それを積んだ携帯端末が世に出るという。
このことはITに興味を持つものならば、誰しもが「どんな物ができあがるのか?」と興味と感心を抱くのではないだろうか?
しかし、Androidを積んだスマートフォンの評判は、日本に上陸した時点では芳しいものではなかった。
いくつかの製品は、ユーザーの支持を獲得できないまま密かに販売を終了したのではないかと思われる。
少なくとも自分には2010年12月まではそうだとおもわれてならない。
2010年12月に初めてREGZAPhoneのパンフレットを見た時、「これは買いだ!」と直感した。
日本的な携帯電話、いわゆるガラケーに備わっているもの(オサイフケータイ、赤外線通信、ワンセグ、高画素数カメラ)がある上に防水仕様ときたもんだ。
スペックを重視するユーザーならこの製品に注目しないはずがない。
ただ、発売された当初は、Android端末の評判は決してよくなかった。
しかし、良くないという評判は耳にしても具体的にどう良くないのかさっぱりわからなかった。
聞こえてくるのは「iPhoneに比べてとにかく使いにくい」という言葉だけだった。
昔、名前も思い出せないような人だが、その人は「リンゴは悪魔のようなパソコンだ」と言ったことがあった。
大学生になってまだしの頃だったと思う。
それ以来、頭にそれがこびりついて離れなかったのでApple製品は遠慮していたのだが、初めてMacを触った時に感じた衝撃は今でも忘れない。
それまでWindowsしか触ったことのない自分にとって、設計思想の異なるパソコンというのはかくも違うものなのかと驚きを禁じ得なかったものだ。
そういう経験があるものだから、「◯◯は使いにくい」といった類の評価は鵜呑みにしないことにしている。
特に製品の根幹に関わる部分での発想の違いは、とても大きいとおもう。
製品のコンセプトとでも言おうか、製品のイメージと言おうか、そういうものを飲み込んだあるいは受け容れて理解した上で使いたいのだ。
“なんとなく”ある製品を使う、というのが自分にとってとても嫌だ。
いろんな類似製品がある中で、「なぜその製品を選ぶのか?」その理由を自分に対して合理的に説明できないと気が済まない。
なんとなく気に入った、という程度では自分に対する説明になっていない。
その製品のこういうところが気に入ったから使っているのだ、という説明がなされなければならない。
どうもこの性格は幼かった頃からそうだったようにおもう。
自分でお金を稼ぐ前、小学生や中学生だったころを振り返ってみても、自分が納得するまで選んでいた。
機械ものを買う時は特にその傾向が強い。
我が家の家風なのだろう。
(続く)
その時点でiPhoneの使用歴は約1年半、Android端末は初めてであった。
iPhoneを持ち始めた時から、iPhoneとドコモのガラケー(P906i)との二刀流だったから、2台持つのに抵抗感はなかった。
スマートフォンとガラケー、それぞれの良さを体感していたようにおもう。
Android端末が日本で普及し始めた時をいつにするかはいろんな考え方がありそうだが、2010年後半からだと僕はおもっている。
その頃にドコモはスマートフォンの販売に力を入れ始めたし、製品のラインナップも充実し始めたからだ。
Googleが作ったOSを積んだスマートフォン、これだけで個人的にはすごく関心がある。
Googleは本来OSなどを作る会社ではない。
検索エンジンの開発を主な事業としてきた会社だ。
検索エンジンはいわばサービスで、収益は掲載される広告費によって得ているAppleやMicrosoftとは根本が違うのだ。
Googleは「ユーザーにいかにGoogleを利用してもらうか(いかに広告をみてもらうか)」に関心を払ってきた会社だという想いがある。
そんなGoogleがOSの開発を行い、それを積んだ携帯端末が世に出るという。
このことはITに興味を持つものならば、誰しもが「どんな物ができあがるのか?」と興味と感心を抱くのではないだろうか?
しかし、Androidを積んだスマートフォンの評判は、日本に上陸した時点では芳しいものではなかった。
いくつかの製品は、ユーザーの支持を獲得できないまま密かに販売を終了したのではないかと思われる。
少なくとも自分には2010年12月まではそうだとおもわれてならない。
2010年12月に初めてREGZAPhoneのパンフレットを見た時、「これは買いだ!」と直感した。
日本的な携帯電話、いわゆるガラケーに備わっているもの(オサイフケータイ、赤外線通信、ワンセグ、高画素数カメラ)がある上に防水仕様ときたもんだ。
スペックを重視するユーザーならこの製品に注目しないはずがない。
ただ、発売された当初は、Android端末の評判は決してよくなかった。
しかし、良くないという評判は耳にしても具体的にどう良くないのかさっぱりわからなかった。
聞こえてくるのは「iPhoneに比べてとにかく使いにくい」という言葉だけだった。
昔、名前も思い出せないような人だが、その人は「リンゴは悪魔のようなパソコンだ」と言ったことがあった。
大学生になってまだしの頃だったと思う。
それ以来、頭にそれがこびりついて離れなかったのでApple製品は遠慮していたのだが、初めてMacを触った時に感じた衝撃は今でも忘れない。
それまでWindowsしか触ったことのない自分にとって、設計思想の異なるパソコンというのはかくも違うものなのかと驚きを禁じ得なかったものだ。
そういう経験があるものだから、「◯◯は使いにくい」といった類の評価は鵜呑みにしないことにしている。
特に製品の根幹に関わる部分での発想の違いは、とても大きいとおもう。
製品のコンセプトとでも言おうか、製品のイメージと言おうか、そういうものを飲み込んだあるいは受け容れて理解した上で使いたいのだ。
“なんとなく”ある製品を使う、というのが自分にとってとても嫌だ。
いろんな類似製品がある中で、「なぜその製品を選ぶのか?」その理由を自分に対して合理的に説明できないと気が済まない。
なんとなく気に入った、という程度では自分に対する説明になっていない。
その製品のこういうところが気に入ったから使っているのだ、という説明がなされなければならない。
どうもこの性格は幼かった頃からそうだったようにおもう。
自分でお金を稼ぐ前、小学生や中学生だったころを振り返ってみても、自分が納得するまで選んでいた。
機械ものを買う時は特にその傾向が強い。
我が家の家風なのだろう。
(続く)










